ビジネスと、健康に役立つブログです。
  • 06«
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »08
本から得られる3つの経験

 このブログは、ビジネス、健康、人生に役立つ本を
 紹介しています。どんな本にも3つの秘密があるばす!

 2012年、今年のテーマは、アウトプットを増やす事!
読書も大切ですが、アウトプットがあっての、インプットです!
自分から働きかけて、外に表現の場を見つけていきたいと思います。
いつもここからが、スタートですよ~!

読書
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
新潮社
サイモン シン(著)Simon Singh(原著)青木 薫(翻訳)
発売日:2000-01
おすすめ度:5.0
Amazy


本日3冊。
 
 フェルマーの最終定理。
 サイモンシンの本は2冊目。
 たまに読みたくなる作家で、数学の歴史を解りやすく説明してくれる良書だ。
 先に読んでいた「暗号解読」より先に書かれた本で、サイモンシンを有名にした
 書籍でもある。

 3以上の自然数nに対して、
 Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗 を満たすようなさXYZは存在しないという
 1665年ごろのフェルマーの定理の証明を巡る遠大な数学者達の歴史を
 追う、まさにドキュメンタリーのようなノンフィクション?である。

 ピュタゴラスの定理、n=2は、直角三角形でよく見る公式で、証明済だが、
 2から3に、あるいはそれ以上になると成立しないというこのあまりに
 簡潔な数式が、単に存在しないと証明するたがために300年以上の年月と
 壮絶な数学者の苦悩と時間が必要であったという、まさに驚愕の事実である。

 サイモンシンは、この証明に必要となった数々の数学的定理のいくつかをその定理を
 見つめた数学者達の人生と共に我々に伝えながら、時に時代、大きな歴史のうねりを
 交えながら、1993年のワイルズが、最終的に証明するのでの足跡を一歩一歩、
 少しでも解りやすく、明らかにしようと試みたわけだ。

 このような本がないと我々は、まったく定理を鵜呑みにしてしまい、証明が必要で
 あるとかいう、数学者の苦悩や無数の努力を知るすべはない。

 数学とはなんなのか。
 まさに神の声だと、私は思う。

 宗教は、人類の全知識を持ってして理解できない世界への理解を、神の領域として、
 我々の精神がまったく闇に包まれてしまわないように想像力を持って、救いを与えてくれる。
 
 数学は、どうか?
 天文学がそうであるように、数学もまた、解らないとする神の領域、つまり
 その時代の良識から導き出された「たぶん・・・であろう」をいう世界観に、光を差し込む。
 時に、地球は丸く、地球は太陽を回る。元素というものの発見・・・。時代がわからないとして
 神の領域に掘り込んだ世界感を、まさに万物の法則を導き出すことで、
 神の声を正確に捕らえるがごとき行為こそが、数学だといえるのだろう。

 数学者は時に、宗教家から迫害された。神の声を聞くことが許されるのは宗教家だけで
 あるとする時代の行為である。

 数学とて、万能ではなく、世界の闇は依然としてそこにあり、宗教家が職を失うことは
 ない。数学者の一歩先には常に神の意思が存在するのだ。

 つまりは、数学者こそは未知の世界への冒険家であり、人類の歴史を超え、
 宇宙そのものの存在とは何かという疑問への挑戦者であり続ける。

 そんな戦いをおこなっているが、やはり、一般人には見向きされないのが数学者であり
 地味だ。そんななか、サイモンシンが差し込んだ一筋の光は、我々に数学という神の声を
 聞く機会を与えてくれる。

 フェルマーの最終定理の証明はあまりにも複雑であったため、その過程の説明に3日の
 日数が必要で、その解を導くため7年の年月が必要であり、世界の数学者がその事実が
 正しいかどうかを確認するのに、1年以上の年月を必要とするものであり、どうあっても
 1冊の本では説明不可能であった。それは我々の無知が為せるわけだが、その点は少し
 残念である。

 個人的には、このような証明、存在しないことの証明たるものは、非常に困難だと感じる。
 まさに悪魔の証明であり、月のウサギがいないという証明は、月のあらゆる場所を検索し
 ウサギがいないことを証明せざる得ないという事実上無理なことを引き合いに出して、
 ウサギがいないと証明されていないから、ウサギはいるというに等しいと思う。
 よって、誰かがのフェルマーの数式にあったXYZを見つけない間は、常に証明されたという
 ものであり、証明することは非常に時間がかかるのは間違いない。

 ないことを証明できるといったフェルマーはずるいといえるし、説こうとした以後の数学者は
 悲惨であったと思う。まさに月の隅々まで検索したに等しく、無限の数字を調査したに
 等しいからだ。

 数学者に敬意を!

 追記・・・、十七年蝉、十三年蝉といった素数のライフサイクルを持つ生命、
 河川の水源から河口までの直線距離に対して川の長さは約3.14、
 つまりπ に等しいという話はちょっとびっくりであった。
 そのようなことがあると、やはり、数学は神の声なんだなあと感じてしまう。

 ところで、πを始めとする無理数だが、10進数ではなく、ほかの進数を使えば、
 無理数ではない数字で表現できるのではと思ったりするが、誰か解いて!
  
関連記事
スポンサーサイト
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL

Copyright © 2017 Book experience, 3 reasons.. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。