ビジネスと、健康に役立つブログです。
本から得られる3つの経験

 このブログは、ビジネス、健康、人生に役立つ本を
 紹介しています。どんな本にも3つの秘密があるばす!

 2012年、今年のテーマは、アウトプットを増やす事!
読書も大切ですが、アウトプットがあっての、インプットです!
自分から働きかけて、外に表現の場を見つけていきたいと思います。
いつもここからが、スタートですよ~!

読書
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人生は、人事部が操っているのか?
 私は、現在中小企業の総務部で人事の仕事も行っている。最近では新卒採用も行うようになったが、大手のように新卒一括ではなく、中途で入社した社員も多数存在する。会社が如何に儲かっていてもなかなか優秀な人材を採用することができず、歯がゆい思いをすることも多い。

 私自身としても、サラリーマンとして、転勤を2度経験し、現在の総務部に配属されて10年が経過した。総務に来る前の営業職がイヤになって、会社を辞めるつもりで直談判した結果である。総務部での10年間は、社長の腰巾着と揶揄されるような日々で、精神的にきつい時期もあったが、逆に会社オーナーである社長に認められたのか、現在では、総務部のトップとなれたわけである。

 出世や、人事、会社での社員の運命を握っている重要事項について、経営者や幹部達が如何に考え行動しているのかということを間近に見ることができた、この総務部での経験は、なかなか有意義なものだったと感じている。

 と、そんな人事部についてかかれた「人事部は見ている」を読み、同業者として強く共感し、未経験の大手の人事部とは如何なるものかを知ることができ、非常に参考になった。変化する労働環境に、人事部が如何に対応すべきかという課題も、同業者としても読みどころである。

 出世こそが会社員としての目標かと思っていたが、昨今はそのようなものを追いかけない優秀な人材も多くいることが驚きでもあり、その気持ちも良くわかる気がする。出世をするには、上司や経営者の「ヒキ」が重要というのも、身をもって証明した私ではあるが、出世すると責任ばかりが増加し、賃金や労働時間から考えると割に合わないと思ったことも少なくない。

 これからの会社人生は、人事部が握っているのだろうか。


人事部は見ている。 (日経プレミアシリーズ)
人事部は見ている。 (日経プレミアシリーズ)



 私は、元々理系出身で、現職とはまったく関係がない。そもそも理系として大学で勉強した専門性は、この会社では(現時点では)活躍の場がなく、残念なミスマッチである。しかし私は過去を振り返っても、運が良く社内でも成功している方だと思う。現時点は転勤の恐れもなく、比較的好きなように仕事もできる(不満8割だからこそ、本を読み続けるわけだが)。それは別として、日本の会社は、専門職には生き辛い世界ではないかと思う。そんなこんなで、専門職で生きるよりも総合職に転向し、さっさと、現職に自分の居場所を見つけた口である。

 人生は、自分で開拓すべきではないかと思っていたが、結局のところ、神の見えざる手によって導かれる。かつてマイクロソフトの社長をされていた、成毛眞氏は(我が選書の師)、大手自動車部品メーカーの営業所長でありながら、我が大阪の水に合わずに退職し、出版会社に転職、入社当日にマイクロソフトの日本法人(?)に出向させられたのだという。 彼はこのことを「計画された偶発性」=プランドハプンスタンスと呼び、成功のきっかけを掴んだ要因だという。自分のキャリアを固定的に捕らえず、瞬間瞬間で訪れる、意図しない選択肢を受け入れるという考え方だ。

 人間には、予知能力はない。誰もが成功したいと念じ、努力を惜しまないにも関わらず、優秀な人材が多く集まる大手企業ですら、倒産からは免れたりはしない。にもかかわらず、我々は、卒業当時もっとも有名で高待遇で働くことができる職場を探し、競争を続け、その職場に固執する。

 そんな、神の見えざる手を受け入れよという彼は、常々「本を読め」と、我々に語りかける。彼と(彼の著書に)出会ってからは、その教えに従い、私も読む本を増やし、種類を変え続け、今日に至るわけだが、最近は、本ばかり読んで行動しない自分に嫌気が差し、彼から距離を置こうとも考えている日々があったのだが、「日本人の9割に英語はいらない」という面白そうなタイトルからの「ヒキ」によって、またしても、本読みの日々に突入したのである。
 
 さて、私の会社も海外に工場がある関係から、英語の勉強は必要かなあと、準備を始めていた矢先でもあり、本書は衝撃的である。本書が赤い表紙だと喧嘩越しかと、身構えてしまいかねないほどに。お前には英語は必要ないと言われて、そうですか、といえる人は結構少ないように思う。英語ができても、バカはバカ。とは、ネガティブ思考の私は、いたく傷ついたのである。

 とはいうものの、本書に掲載された選書を見る限り、海外との文化の違いを理解することが重要という前向きなメッセージを感じざるを得ない。ようは、言葉ではなく、世界で通用する専門性ということである。そんな逆の意図が見え隠れする。英語教材も2冊選書しているのも、彼らしいではないか。
 自分で考えろ、自分で人生を掴み取れ、間違っても会社の言いなりになるな・・・ということか。なんでも乗せられるなと。

 しかし、読書においては別ではないかとおもう。私の少ない読書体験からいくと、多くの人が良いとする本を読んでも、自分が良いと思うかというと別ではあるが、何かしら、得るものもある。未知との出会いがそこにはあるからだ。それが「計画された偶発性」というものではないだろうか。騙されたと思って乗っかってみるのも良い。その後どんな行動にするか。




 日本人の9割に英語はいらない
日本人の9割に英語はいらない


 人生とは、重力で落下しつつも風にのってふわふわとする羽毛のようなもの・・・。映画「フォレストガンプ」の言葉だったと思う。「セレンディピティ=思いがけないものを偶然に発見すること。また、その能力。」成毛氏も単に座して幸運を手に入れたわけでもなく、まして出向してから何も努力しなかったわけでもない。あるきっかけから、努力、そしてもっとも重要なのは、その才覚を最大限にいかして、問題を解決し、道を切り開いたのである。


セレンディップの三人の王子たち―ペルシアのおとぎ話 (偕成社文庫)
セレンディップの三人の王子たち―ペルシアのおとぎ話 (偕成社文庫)


 3人の王子は、その才覚をもって、危機を幸運に変えてしまう。

 本を読んでもバカは、バカ。そう呼ばれないように。

 人生は、自らの手で選択し、拓いていきたいものですね。



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地震の前、なぜ動物は騒ぐのか―電磁気地震学の誕生
地震の前、なぜ動物は騒ぐのか―電磁気地震学の誕生 (NHKブックス)
地震の前、なぜ動物は騒ぐのか―電磁気地震学の誕生 (NHKブックス)

『地震の前、なぜ動物は騒ぐのか―電磁気地震学の誕生 』

 地震の予知は可能なのか。数十秒前の警告は、テレビや通信を通じて受信できるようにはなったが、それでも100%といえる代物ではない。第一数十秒前に知らせを聞いて何ができるのだろうか。家の外に出る時間にはならない。精々火を消したり、イヤイヤ火から離れるぐらいしかできないかもしれない。そもそも数日前、数年前に予知を受けてどうするかという問題もある。人間に与えられ確実に発生する宿命は「死」だが、それすらいつ訪れるのか、誰にもわからないのに、地震の予知という、地球規模の問題に対して、実現性はあるのか。刹那的な生命体である我々は、どう足掻いたって死ぬし、いずれ恐竜のごとく滅びる存在なのだ。といったところで、危険からは逃げたいに決まっている。この記事に下に、興味深い記事があった。サイト自体の信憑性は低いものの、NASAが情報提供元というのだ、期待もしたい。ようはラドン放出が数日前に観測されたとする記事だ。そして、本書を手に取った。1998年に出版されたが、確かにラドン放出の記述が見られている。しかも数日前ということになると、命が助かる地域まで非難することは可能だろう。しかし、数日では、不動産などの財産を持ち出すことは困難かもしれない。数年前ならどうだろうか。地震予知があった時点で不動産価値はなくなるから、同じことか。では数十年前の予知。これは現在ある程度できてるかもしれない。地震は周期的に発生すると信じられているからだ。しかし、我々はそんなに長く記憶することができない。あなたは、日本の歴史をまじめに勉強しただろうか。平安京がいつできたかは知っていても、地震がいつ起きたのか知っている人が何人いるだろう、もしてそれを信じる人はいるだろうか。少なくとも3月10日まで、よくて半信半疑だったはずだ。昨今、地震対策で、備蓄を始めた私ではあるが、さりとて、これはブームではないかと危惧している。私もいずれは忘れてしまう。これだけの恐怖を感じ、島国日本もいずれ全てが水没し、日本にいる以上、逃げ場などないと感じているのに、だ。ここでさらに疑問が起こる。仮に、東北の地で50年後、地震が起こり、311の地震が再度繰り返すとしたとき、それまでの間、かの地に住み着いた人たちが、作物を育て、魚を捕らえ、文明を育み、各地に提供したとする結果と、かの地に足を踏みいけず、作物を育てず、魚も捕まえず文明も興らずにいたとした結果があったとする。前者では多数の死傷者が発生するとしても、後者よりも人間的だし、全てが失われるわけではない。後者はまるで、人間はいずれ死ぬのだから、生まれてこなければ良いのだということにならないだろうか。それはまさに人間そのものを否定することにもつながる。多くの命が失われ、多くの人が傷ついたが、それでも、多くの人が生き残った。人類の生き残りを考えたとき、不確実な未来を受け止める戦略は満遍なく、広がり続けることで、一部が消失しても、残りが引き継げる状態にしておくことなのだとしたら・・・。

 人類史上我々はもっとも生命の危機が少ない時代に生きている。全人類の平均寿命は歴史上最長であり、そして日本は世界のトップクラスだ。リスクとの戦いは終わらないが、死を受け入れることにも終わりはない。我々はただ死の恐怖を忘れ、そして未知の未来へ向け、今日一日を、前に進んでいく。

カラパイアの地震記事

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SかMか 体の闇がわかる本
SかMか 体の闇がわかる本
SかMか 体の闇がわかる本

『SかMか 体の闇がわかる本』

 官能小説の大家であり、先日亡くなられたとのことで、手に取って読んでみることにした。学校の先生をするほどの知性のある方だ、文章は読み易く、引っ掛かりなどない。官能小説に対してもっていた偏見というものの敷居が低くなった。彼の官能小説自体を読んでいないので、どんなスタイルなのかはわからない、私の想像をこえるあんなことやこんなことが書いてあるのか。想像は膨らむばかりだが、本書に期待するのはそこではない。本書を読む目的は、人間たる私、あるいは、あなたの本性を見抜く力を、得ることができるかどうかということだ。少なくとも、著者はその力をお持ちだったと思う。シンプルながら奥が深い見事な分類。人間の本性を単純に二元化して表現している。攻めと守りは、弱肉強食となった世界の根本的な生存原則である。根源的だったからこそ、SとMなど当時は口に出すこともはばかられるような、エロ、そのものだった言葉が、今では、なんのエロさもない言葉となり、ヘタをすれば小学生でも日常的に? 使っていても不思議ではないのだから。それだけに人間の本性、欲望を的確に指摘していたとの証左だろう。彼はどんな人間でも、両極、つまりSであり、そしてMでもあるとする。今日我々が考えるあの人は、Sだ、と決め付けるものではない。それは血液型のように生まれもって決まるものではない。なるほど、後輩と先輩の前では態度を変えるように、人は特定の人との間でその関係性が釣り合うように、SとMの状態を切り替える。彼は状況、人の成長、好み、やはり人と人との関わりの中で、切り替わるものだと言っているのだ。今日我々が考えることと違うわけだが、彼ほどに人間の本質、それはまさに人間の欲望、エロスの渦の中で見出した真理であり、今日の我々が使いやすさ、理解しやすさで解釈するSとMの固定というものは、捨てるべきだろう。

私は、朝の夜のテンションが違い、出世するにつれドSとなり、家に帰ればMになり、ひたすら耐えるということもする。カネを払うときはえらそうで、働くときは、卑屈でもある。それが自然であり、ひとところに留まるということはない。だからこそ、「Sか、Mか」と、疑問形のまま完結するべき問題なのだ。


                            AP0435
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